大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和41年(ワ)53号 判決 1969年8月21日

原告

秋山善人

ほか一名

被告

長田久雄

ほか一名

主文

被告長田久雄は、原告両名に対し、各金一〇〇万円およびこれに対する昭和四一年二月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名の被告長田忠雄に対する請求はいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告両名と被告長田久雄との間に生じた分は同被告の負担とし、原告両名と被告長田忠雄との間に生じた分は原告両名の負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告両名が各金三〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。たゞし、被告長田久雄が、原告両名に対し各金五〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一申立

一  原告両名訴訟代理人は、「被告両名は、連帯して、原告両名に対し、各金一〇〇万円およびこれに対する昭和四一年二月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告両名の連帯負担とする。」との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言を求めた。

二  被告両名訴訟代理人は、「原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は、原告両名の負担とする。」との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求めた。

第二主張

一  原告両名訴訟代理人は、請求の原因ならびに抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

「1 被告長田久雄は、昭和四一年二月一一日午後四時一〇分頃大型貨物自動車(山梨一な四〇六号、以下「本件自動車」という。)を運転して甲府市城東五丁目八番一一号先国道二〇号線道路(通称身延線善光寺駅ガード曲り角)上を西進し、同曲り角を南に向い左折した際、同曲り角はほゞ直角に近い角度で南方に屈折している箇所であるから、このような場所を進行する場合、自動車運転者としては、進行方向左側を通行する人車に接触しないよう間隔を保つべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、本件自動車の左側を同一方向に進行中の秋山善彦の運転する自転車を認めながら漫然進行した過失により、本件自動車のフロント・バンバーを右自転車後輪泥よけに接触させて同人を道路上に転倒させ、ついで本件自動車の左後輪で同人の腹部、骨盤を轢き、同人をして翌一二日午前二時一〇分頃骨盤骨折、右大腿脛骨腓骨骨折のため死亡させた。

2 右秋山善彦は原告両名の長男であるから、被告長田久雄には、右不法行為により秋山善彦および原告両名が蒙つた損害を賠償する義務がある。また、被告長田忠雄は運送業を営み、同長田久雄はその被用者で右営業のため本件自動車で煉炭を運搬中であつたものであり、かりにそうでないとしても、被告長田忠雄は、本件自動車の所有者ならびに使用者で自己のために本件自動車を運行の用に供する者であるから、同被告には、被告長田久雄と連帯して右損害を賠償する義務がある。

3 秋山善彦は、本件事故当事小学校五年在学中で、健康に恵まれ、学校を欠席したこともなく、明朗快活な性格で交友も多く、学業成績は中以上で珠算熟に通い、本件事故も珠算塾に通う途上起きたものであり、また、原告秋山善人は、大正一二年生れで本件事故当時タクンー会社の運転手をして月収約金三万円を得、同秋山友江は、昭和六年生れで秋山善彦出生以来一度も妊娠したことがなく、被告両名が将来子供を儲けることは困難である。したがつて、右の諸事情を考慮するときは、本件事故により秋山善彦の蒙つた精神的肉体的苦痛は金二〇〇万円の支払いを受けることにより漸く慰藉され、原告両名は父母としてその二分の一である金一〇〇万円の慰藉料請求権をそれぞれ相続し、また、原告両名が愛児の不慮の死により受けた甚大な精神的苦痛は各金一〇〇万円の支払いを受けることにより漸く慰藉されるものである。

(二) 原告両名は、本件事故に関し自動車損害賠償責任保険金一〇〇万円を受領したので、その二分の一である金五〇万円を右各慰藉料の一部にそれぞれ充当した。

4 よって、原告両名は、被告両名に対し、連帯して、右慰藉料の残金各金一五〇万円のうち各金一〇〇万円およびこれに対する損割発生の日である昭和四一年二月一二日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求めるため、本訴請求に及んだ。

5 被告両名主張の抗弁事実は否認する。」

二  被告両名訴訟代理人は、答弁ならびに抗弁として、次のとおり述べた。

「1 請求原因事実1のうち、被告長田久雄が、原告両名主張の日時に本件自動車を運転してその主張の道路を西進しその主張の曲り角を左折したこと、右曲り角がほゞ直角に近い角度で南方に屈折していることおよびその際、本件自動車の左側を同一方向に自転車を運転して進行中の秋山善彦が道路上に転倒し、本件自動車の左後輪でその腹部、骨盤を轢かれ、原告主張の日時にその主張の傷害により死亡したことは認めるが、その他は否認する。同被告は、本件自動車を運転して、右曲り角の手前では道路左側から約二米の間隔を保つて進行し、前方左側端近くを同一方向に進行中の秋山善彦の運転する自転車を時速約一五粁ないし二〇粁の速度で追い越し、曲り角附近では更に減速して、本件自動車の右前輪が道路のセンターラインに沿うようにして同曲り角を左折進行したところ、本件自動車と曲り角にある電柱との間の見通しのきかない約一米の間隔の狭い箇所をあえて本件自動車と併進して左折した秋山善彦が、前方道路左側に自転車を引いて立つていた飯高貴恵を発見し、あわてて同人を避けようとして運転を誤り、本件自動車の荷台左側に自転車の右ハンドルを接触させ、そのため自転車とともに転倒して本件自動車に轢かれたものであつて、本件事故は全く秋山善彦の過失によるもので、被告長田久雄にはなんら過失はない。

2 同2のうち、原告両名と秋山善彦との身分関係は認めるが、その他は否認する。被告長田久雄は、運送業を営む有限会社敷島小型陸送の代表取締役で、個人で七屯積みの本件自動車を他から買受けたが、同会社は二屯積み以下の自動車しか所有、使用できないところから、その所有者および使用者名義を同会社とは無関係な他の会社に勤め右有限会社の運送事業には全く関係していない弟の被告長田忠雄にした上、同会社が本件自動車を保管し使用していたもので、同被告はその対価も得ていず、したがつて、同被告は被告長田久雄の使用者でも、本件自動車を自己のために運行の用に供する者でもない。

3 同3のうち、原告両名がその主張の保険金を受領したことは認めるが、その他は不知。

4 かりに、本件事故につき被告長田久雄になんらかの過失があつたとしても、前記のように秋山善彦にも過失があつたのであるから、同被告の負担すべき損害賠償額を定めるについては、当然これを斟酌すべきである。」

第三証拠〔略〕

理由

一  被告長田久雄が、昭和四一年二月一一日午後四時一〇分頃本件自動車を運転して原告両名主張の道路を西進しその主張の曲り角を南に向い左折したこと、同曲り角がほゞ直角に近い角度で南方に屈折していることおよびその際、本件自動車の左側を同一方向に自転車を運転して進行中の秋山善彦が転倒して、本件自動車の左後輪でその腹部、骨盤を轢かれ、原告両名主張の日時にその主張の傷害により死亡したことは、当時者間に争いがない。そして、〔証拠略〕を総合すると、前記道路は幅員約一〇米ないし一〇・四米の舗装道路で、車道と歩道とは白ペイントの線で区分され、前記曲り角までの歩道の幅員は約〇・五米、同曲り角から南方は約〇・九米であり、被告長田久雄は、当時車輛の交通が渋滞していたため時速約一五粁ないし二〇粁の速度で運転し、道路左側端より約二米の間隔をおいて西進し、前記曲り角の手前で本件自動車の左側前方を同一方向に車道と歩道との区分線附近を進行していた秋山善彦の運転する自転車を認め、一亘これを追い越し、同曲り角では時速約一〇粁の速度に減速して右自転車と併進する状態となったが、その際、同曲り角はほぼ直角で、しかも左側角には人家があって全く見通しがきかず、また、本件自動車で南方に左折する場合は右前輪が道路のセンターラインに沿うようにして運転することとなるため、同被告は、右運転方法および対向車にのみ気をとられて、進路左側の状況を確認せず、秋山善彦の運転する前記自転車についてもその動向に注意せず、そのまま進行して右曲り角を左折したため、併進して同じく左折した右自転車の右ハンドルに本件自動車の荷台左側を接触させて同人を自転車とともにその場に転倒させ、ついで、本件自動車の左後輪で前記のように同人を轢いて死亡させたことが認められ、〔証拠略〕のうち右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告長田久雄としては、一度は秋山善彦の運転する自転車を認めたのであるから、絶えずその動向に注意し、右自転車と接触するおそれがあると認めるときは、これを避け、もしくは直ちに停止する等適宜の措置をとり事故の発生を未然に防止すべき義務があるのにかかわらず、これを怠り、右自転車が本件自動車と併進する状態になつたことも気づかず、漫然進行した過失により秋山善彦を死亡させたものといわなければならない。

二  右のとおりであるから、被告長田久雄には、右不法行為により秋山善彦の蒙つた損害および同人の父母であることは当事者間に争いのない原告両名の蒙つた損害を賠償すべき義務がある

しかし、被告長田忠雄については、〔証拠略〕によれば、本件自動車の所有者名義、使用者名義および自動車損害賠償責任保険契約者名義がいずれも被告長田忠雄となつていることが認められるけれども、〔証拠略〕によれば、被告長田久雄は、二屯積み以下の貨物自動車による運送を目的とする有限会社敷島小型陸送の代表締取役で、同会社で使用するため、個人で他から本件自動車を買受けその代金の支払いをしたが、本件自動車は七屯積みの車で、これを同会社もしくは代表取締役個人の所有名義にして同会社で使用することは、同会社が違法な運送業を営むこととなるので許されないため、その所有者名義を弟の被告長田忠雄とした上同会社が使用していたもので、同被告は、右会社とは関係のない他の会社に勤め右有限会社の営業には全く関与せず、本件自動車についてもその使用の対価を得ていず、自らこれを使用したこともなく、本件自動車は被告長田久雄が同会社の住所で保管し、自動車損害賠償責任保険契約の保険料も同被告が支払つていて、現に本件事故当時も同被告が右会社の営限のために煉炭を積んで本件自動車を運転していたものであることが認められ、右事実によれば、被告長田忠雄は、本件自動車の所有者とは認め難く、自己の事業のため被告長田久雄を使用する者もしくは自己のために本件自動車を運行の用に供する者ともいえないから、被告長田忠雄には、被告長田久雄の前記不法行為について責任を負うべきいわれはない。したがつて、被告長田忠雄に対し損害賠償を求める原告両名の請求は、その余の判断をするまでもなく理由がない。

三  そこで、次に損害額について検討すると、〔証拠略〕によれば、原告両名には秋山善彦以外に子供がなく、同人は本件事故当時小学校五年在学中で、健康に恵まれ、学校を欠席したこともなく、明朗快活な性格で交友も多く、学業成績は中以上で珠算塾に通い、本件事故も珠算塾に通う途上起きたものであり、原告両名は同人を将来大学に進学させるつもりであつたこと、原告秋山善人は、本件事故当時タクシー会社の運転手をしていて月収約金四〇、〇〇〇円を得ていたが、本件事故により自動車の運転を兼い月収約金二〇、〇〇〇円のかざり職見習いに転職し、その上本件事故直後その衝撃で約一〇日間原因不明の歩行困難に陥り、原告秋山友江も同様原因不明の頭痛を患い約四〇日間入院したことおよび原告秋山善人は大正一二年生れ、同秋山友江は昭和六年生れで秋山善彦の出生以来一度も妊娠したことがなくまた原告秋山善人は、本件事故のため葬儀費用として約金二〇万八〇〇〇円、秋山善彦の診療費として約金四万四〇〇〇円を支出したこと等の事実が認められ、右事実と前記認定の諸般の事情とを考慮すれば、秋山善彦の蒙った精神的肉体的苦痛に対する慰藉料の額は金一〇〇万円をもつて相当とし、原告両名は、父母としてその二分の一である金五〇万円の慰藉料請求権をそれぞれ相続したものというべぐ、また、原告両名が秋山善彦の不慮の死により受けた精神的苦痛に対する慰藉料の額は各金一〇〇万円をもつて相当と認める。

四  なお、前記認定のように、秋山善彦が見通しの悪い運転の難かしい曲り角に本件自動車と併進して左折進行したことは、場合により右自動車と接触する危険があり、同人としては、曲り角直前で一旦停止するか、もしくは下車して歩行し、本件自動車を先行させるべきであつたとも考えられないではないが、かりに右のような注意が足りなかつたとしても、同人の年令、被告長田久雄の過失の程度、本件事故の態様等前記認定の諸事情を考慮するときは、右程度の不注意は、同被告の負担すべき賠償額を定めるについて斟酌するに足りないから、同被告の抗弁は採用しない。

五  したがつて、原告両名は、被告長田久雄に対し、秋山善彦からの相続分および自己の分を合せて、各金一五〇万円の慰藉料請求権を有するが、原告両名が本件事故につき自動車損害賠償責任保険金一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなくその二分の一ずつを右各慰藉料の一部に充当したことは原告両名の自認するところであるから、結局、同被告は、原告両名に対し慰藉料各金一〇〇万円およびこれに対する損害発生の日である昭和四一年二月一二日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。

六  よつて、被告長田久雄に対し右義務の履行を求める原告両名の請求は、理由があるから正当としてこれを認容し、被告長田忠雄に対する請求は、前記のように理由がないから失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言ならびに仮執行免脱の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田宮重男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例